野〈や〉の学へ

1996年、いくつかの指標でピークをむかえた日本の出版統計は、以後右肩下がりをキープし、いまや「出版不況」は、出版に関する言説の枕詞の様相を呈しています。

この状況下、出版社、書店、取次ともども、自社本来の個性が問われる時代になりました。

弊社は1999年10月の創業以来、人文系全般にわたる学術書を中心に出版活動をおこなってきましたが、さらに、学術書の出版(世界に向けての)に意識的であることが個性につながると考えています。

ところで学術書とは何か。大学出版会が刊行する書籍がそれである、という穿った見方が一方にありますが、そういう意見が公表される時代であればこそ、大学出版会でない弊社が、学術書の学たるゆえんをつねに自らに問い、世界に発信していく意義があるものと信じます。

かつて、公害問題で日本が揺れたとき、ある説明会に参加した老婆が、専門家の科学的説明をひとしきり聞いたあと、しずかに手を挙げて「ところで、わたしの孫は大丈夫でしょうか?」と質問したそうです。

この質問を、学術書に関する弊社の基本イメージとして捉えたい。

2011年に発生した東日本大震災とそれに伴う福島第一原子力発電所の人災の折、「想定外」ということばが飛び交いましたが、神でない人間は、すべてを想定することはそもそも不可能なはず。精緻に学的探索を重ねれば重ねるほど、知恵と限界の輪郭がはっきりしてくるものと思われます。

学問は、大学の内にあるだけでは真の学問ではありません。野にでてこそ、その真価が問われるものと確信します。編集も営業も、そのこころで、世界に向け、日本の学術を書籍にし発信してゆく所存です。

春風社代表 三浦衛