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	<title>春風社 Shumpusha Publishing</title>
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	<description>横浜の出版社「春風社」のウェブサイト</description>
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		<title>クリス・ボルディック選　ゴシック短編小説集</title>
		<link>http://shumpu.com/archives/6040</link>
		<comments>http://shumpu.com/archives/6040#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 03 Feb 2012 07:42:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sps</dc:creator>
				<category><![CDATA[小説・批評]]></category>

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		<description><![CDATA[クリス・ボルディック（編）／石塚則子，大沼由布，金谷益道，下楠昌哉，藤井光（編訳）／2012年2月 3675円（税込）／四六判上製568頁 装丁：矢萩多聞 ゴシック小説の系譜を一望できる最良のアンソロジー！ シェリダン・ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
<ul>
<li>クリス・ボルディック（編）／石塚則子，大沼由布，金谷益道，下楠昌哉，藤井光（編訳）／2012年2月</li>
<li>3675円（税込）／四六判上製568頁</li>
<li>装丁：矢萩多聞</li>
</ul>
<p>ゴシック小説の系譜を一望できる最良のアンソロジー！<br />
シェリダン・レ・ファニュ，マルセル・シュウォッブ，アンジェラ・カーターなど，古今東西の33編を訳出。日夏耿之介による抄訳「アッシャア屋形崩るるの記」を付録として収録。<br />
（ISBN 9784861102981）</p>
<h3><span style="color: #800000;">目次</span>｜indexs</h3>
<p>序論：クリス・ボルディック （訳＝下楠昌哉）<br />
<strong>第Ⅰ部　はじまり<br />
</strong>第Ⅰ部注釈：クリス・ボルディック<br />
サー・バートランド―断片 （1773）：アンナ・レイティティア・エイキン （訳＝下楠昌哉）<br />
モントレモスの毒殺者 （1791）：リチャード・カンバーランド （訳＝藤井光）<br />
修道士による物語 （1792）：作者不詳 （訳＝藤井光）<br />
レイモンド―断片 （1799）：「若者」 （訳＝大沼由布）<br />
罰せられた親殺し （1799）：作者不詳 （訳＝大沼由布）<br />
フィッツ＝マーティン大修道院の廃墟 （1801）：作者不詳 （訳＝大沼由布）<br />
復讐の僧あるいは運命の指輪 （1802）：アイザック・クルッケンデン （訳＝下楠昌哉）<br />
<strong>第Ⅱ部　19世紀<br />
</strong>第Ⅱ部注釈および『オックスフォード版ゴシック物語集』収録作品一覧：クリス・ボルディック<br />
占星術師の予言あるいは狂人の運命 （1826）：作者不詳 （訳＝大沼由布）<br />
解剖学者アンドレアス・ヴェサリウス （1833）：ペトリュス・ボレル （訳＝下楠昌哉・大沼由布）<br />
レディー・エルトリンガムあるいはラトクリフ・クロス城 （1836）：Ｊ・ワダム （訳＝金谷益道）<br />
ティローンのある一族の歴史の一章 （1839）：シェリダン・レ・ファニュ（訳＝下楠昌哉）<br />
セリーナ・セディリア （1865）：ブレット・ハート （訳＝下楠昌哉）<br />
オララ （1885）：ロバート・ルイス・スティーヴンソン （訳＝金谷益道）<br />
グリーブ家のバーバラ （1891）：トマス・ハーディ （訳＝金谷益道）<br />
血まみれブランシュ （1892）：マルセル・シュウォッブ （訳＝大沼由布）<br />
黄色い壁紙 （1892）：シャーロット・パーキンス・ギルマン （訳＝石塚則子）<br />
ハーストコート屋敷のハースト （1893）：Ｅ・ネズビット （訳＝石塚則子）<br />
<strong>第Ⅲ部　20世紀<br />
</strong>第Ⅲ部注釈および『オックスフォード版ゴシック物語集』収録作品一覧：クリス・ボルディック<br />
蔓草の家 （1905）：アンブローズ・ビアス （訳＝藤井光）<br />
ジョーダンズ・エンド （1923）：エレン・グラスゴー （訳＝石塚則子）<br />
アヴェロワーニュの逢引 （1931）：クラーク・アシュトン・スミス （訳＝下楠昌哉）<br />
アシャムのド・マネリング嬢 （1935）：Ｆ・Ｍ・メイヤー （訳＝大沼由布）<br />
カルデンシュタインの吸血鬼 （1938）：フレデリック・カウルズ （訳＝金谷益道）<br />
クライティ （1941）：ユードラ・ウェルティ （訳＝藤井光）<br />
血まみれの伯爵夫人 （1968）：アレハンドラ・ピサルニク （訳＝藤井光）<br />
愛の館の貴婦人 （1979）：アンジェラ・カーター （訳＝藤井光）<br />
ヤギ少女観察記録 （1988）：ジョイス・キャロル・オーツ （訳＝藤井光）<br />
付録　アッシャア屋形崩るるの記 （1839）：エドガア・アラン・ポオ （訳＝日夏耿之介）<br />
解説</p>
<h3><span style="color: #800000;">編者</span>｜editor</h3>
<p><strong>クリス・ボルディック（Chris Baldick）</strong><br />
ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ英文学・比較文化学科教授。著作に、<em>The Social Mission of English Criticism 1880-1922、In Frankenstein’s Shadow: Myth, Monstrosity and Nineteenth-Century Writing</em>（邦訳『フランケンシュタインの影の下に』［国書刊行会］）、<em>Criticism and Literary Theory 1890 to the Present、The Oxford Dictionary of Literary Terms、The Concise Oxford Dictionary of Literary Terms</em>など、多数。</p>
<h3><span style="color: #800000;">編訳者</span>｜translators</h3>
<p><strong>石塚則子（いしづか・のりこ）</strong><br />
同志社大学文学部英文学科教授。主な著作に、「語られぬ物語の再構築」（E・ウォートン論）『表象と生のはざまで―葛藤する米英文学』（南雲堂）、「シャーロット・パーキンス・ギルマンのメディア戦略」『メディアと文学が表象するアメリカ』（英宝社）。<br />
<strong>大沼由布（おおぬま・ゆふ）</strong><br />
同志社大学文学部英文学科助教。主な著作に、“‘Go to the Ant’: Appropri-ations of the Classical Tradition in <em>Mandeville’s Travels,” Studies in English Literature</em> 47、「マンデヴィルと旅行記」『中世イギリス文学入門―研究と文献案内』（雄松堂）。<br />
<strong>金谷益道（かなや・ますみち）</strong><br />
同志社大学文学部英文学科准教授。主な著作に、『イギリス文学への招待』（共編著、朝日出版社）、「新しい時代の破壊の音」（V・ウルフ論）『表象と生のはざまで―葛藤する米英文学』（南雲堂）。<br />
<strong>下楠昌哉（しもくす・まさや）</strong><br />
同志社大学文学部英文学科教授。主な著作に、『妖精のアイルランド―「取り替え子」の文学史』（平凡社新書）、主な訳書に、A・L・マカン『黄昏の遊歩者』（国書刊行会）。<br />
<strong>藤井光（ふじい・ひかる）</strong><br />
同志社大学文学部英文学科助教。主な訳書に、D・ジョンソン『煙の樹』（白水社）、W・タワー『奪い尽くされ、焼き尽くされ』（新潮社）。<strong><br />
</strong></p>
</div>
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		<item>
		<title>言語教育とアイデンティティ―ことばの教育実践とその可能性</title>
		<link>http://shumpu.com/archives/6003</link>
		<comments>http://shumpu.com/archives/6003#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 17 Jan 2012 01:19:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sps</dc:creator>
				<category><![CDATA[教育]]></category>

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		<description><![CDATA[細川英雄（編）／2012年1月 2940円（税込）／A5判並製266頁 装丁：矢萩多聞 技術としての言語教育から，人間形成としての言語教育へ。 日本語・国語・外国語の教育をどのように連携・再生させればよいのか。ことばの学 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<ul>
<li>細川英雄（編）／2012年1月</li>
<li>2940円（税込）／A5判並製266頁</li>
<li>装丁：矢萩多聞</li>
</ul>
<p>技術としての言語教育から，人間形成としての言語教育へ。<br />
日本語・国語・外国語の教育をどのように連携・再生させればよいのか。ことばの学習の社会的・文化的意味を問いなおす。<br />
（ISBN 9784861102899）</p>
<h3><span style="color: #993300;">目次</span>｜indexs</h3>
<p>※「はじめに」と「おわりに」はPDF形式でご覧いただけます。</p>
<p><a title="はじめに" href="http://shumpu.com/upfile/LEI-hajimeni.pdf" target="_blank"></a><a title="はじめに" href="http://shumpu.com/upfile/LEI-hajimeni.pdf" target="_blank">はじめに　今，なぜ言語教育とアイデンティティか</a>【細川英雄】<br />
<strong>第I部　講演と討論</strong><br />
国際的な移動の中にあるアクターたちの新たな争点と戦略【アリーヌ・ゴアール＝ラデンコヴィック】<br />
討論・会場との質疑応答【司会：牲川波都季】<br />
「移動する子ども」からことばとアイデンティティを考える【川上郁雄】<br />
自己欺瞞の物語にいかに抗うことができるか【森美智代】<br />
発見アプローチは何をめざすのか【細川英雄】<br />
〔コラム〕崖の向こう側の世界―通訳者としての立場【山本冴里】<br />
<strong>第II部　論考</strong><br />
第1章　《わたし》は何を語ることができるのか―ことばの学びにおける複合アイデンティティ【クレア・マリイ】<br />
第2章　「場」としての日本語教室の意味―「話す権利」の保障という意義と課題【三代純平】<br />
第3章　「中国に行く」／「中国に帰る」―言語マイノリティ生徒の「想像の共同体」【米本和弘】<br />
第4章　移動主体のために言語教育は何ができるか―アイデンティティを紡ぐ場として【鈴木寿子】<br />
第5章　多言語話者の言語意識とアイデンティティ形成―「ありたい自分」として「自分を生きる」ための言語教育【小泉聡子】<br />
第6章　「自分らしさ」を規定するもの―複数の〈わたし〉を語る一人の日本語学習者のライフヒストリーから【鄭京姫】<br />
第7章　言語教育において「自分史を書く」ことの意義―アイデンティティ形成の視点から【長嶺倫子】<br />
第8章　日本語の教室における意味の構築とアイデンティティ形成―ことばの意味世界を共同構築する〈私〉〈他者〉〈教室コミュニティ〉【寅丸真澄】<br />
<strong> 第III部　前景と展望</strong><br />
言語教育における体系・能力・アイデンティティ―私はなぜアイデンティティにたどり着いたか【細川英雄】<br />
言語教育とアイデンティティの問題を考えるための文献案内【三代純平】<br />
<a title="おわりに" href="http://shumpu.com/upfile/LEI-owarini.pdf" target="_blank"> おわりに　相互文化性による教育実践の可能性を拓く</a>【細川英雄】</p>
<h3><span style="color: #993300;">編者</span>｜editor</h3>
<p><strong>細川英雄（ほそかわ・ひでお）</strong><br />
早稲田大学大学院日本語教育研究科・教授<br />
ウェブサイトは<a href="http://www.gsjal.jp/hosokawa/" target="_blank">こちら</a></p>
<p>※『春風目録新聞』第9号に，細川英雄先生へのインタヴュー記事「<a title="この研究室が面白い！" href="http://www.gsjal.jp/hosokawa/dat/syunpu.pdf" target="_blank">この研究室が面白い！</a>」を掲載しています。あわせてご覧ください。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>フェイス相互作用理論―日本語学習クラスにおける相互作用からフェイスワークをとらえる</title>
		<link>http://shumpu.com/archives/5994</link>
		<comments>http://shumpu.com/archives/5994#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 17 Jan 2012 01:06:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sps</dc:creator>
				<category><![CDATA[言語・心理]]></category>

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		<description><![CDATA[横溝環／2012年1月 4900円（税込）／A5判上製392頁 装丁：矢萩多聞 人はいかにして自己像を獲得あるいは回避するか。解釈主義的アプローチを用いつつ，シンボリック作用論の視点から日本語学習者間の相互作用の事例を通 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<ul>
<li>横溝環／2012年1月</li>
<li>4900円（税込）／A5判上製392頁</li>
<li>装丁：矢萩多聞</li>
</ul>
<p>人はいかにして自己像を獲得あるいは回避するか。解釈主義的アプローチを用いつつ，シンボリック作用論の視点から日本語学習者間の相互作用の事例を通して検証する。<br />
（ISBN 9784861102868）</p>
<h3><span style="color: #993300;">目次</span>｜indexs</h3>
<p>※「序論」はPDF形式でご覧いただけます。</p>
<p><a title="序論" href="http://shumpu.com/upfile/FI-introduction.pdf" target="_blank">序論</a><br />
<strong>第1章　フェイスおよびフェイスワーク</strong><br />
1．定義<br />
2．本研究におけるアイデンティティの扱いについて<br />
3．フェイスに関する基本的概念および次元と分類の説明<br />
4．フェイスに関する基本的理論<br />
5．フェイスと感情、原因帰属との関わり<br />
6．自己認識（自己評価）と比較<br />
7．まとめ―本研究における視点および方針<br />
<strong>第2章　シンボリック相互作用論</strong><br />
1．シンボルの定義<br />
2．「I」と｢me｣<br />
3．「自己との相互作用」と「連携的な行為」―ブルーマーのシンボリック相互作用論<br />
4．象徴的相互依存<br />
5．シンボルに関する諸研究<br />
6．「役割取得」と「役割形成」―役割の定義<br />
7．まとめ―本研究における視点および方針<br />
<strong>第3章　日本語学習者および留学生に関する研究</strong><br />
1．相互作用論的視点<br />
2．境界意識と位置付け<br />
3．日本語学習者を対象とした原因帰属に関する研究<br />
4．まとめ―本研究における視点および方針<br />
<strong>第4章　研究方法論およびリサーチクエスチョン</strong><br />
1．パラダイム<br />
2．解釈主義的アプローチの意義<br />
3．まとめ―アプローチおよびリサーチクエスチョン<br />
<strong>第5章　研究方法</strong><br />
1．調査協力者<br />
2．調査方法<br />
3．結果と考察の提示方法<br />
<strong>第6章　予備調査の結果およびそれらから得られた視点</strong><br />
1．調査協力者<br />
2．調査方法<br />
3．結果と考察<br />
4．予備調査から得られた視点および方向性<br />
<strong>第7章　調査結果および考察</strong><br />
1．事例1（200Y年度春学期）<br />
2．事例2（200Y年度秋学期）<br />
3．事例3（200Z年度春学期）<br />
<strong>第8章　結論</strong><br />
1．相互作用におけるフェイスおよびフェイスワークに関するメカニズム<br />
2．フェイスおよびフェイスワークと社会的属性の関係<br />
<strong> 第9章　本研究の意義および限界と展望</strong><br />
1．本研究の意義<br />
2．本研究の限界と今後の展望<br />
引用文献<br />
資料<br />
資料1．発話量に関する調査票<br />
資料2．フェイスニーズに関する調査票</p>
<h3><span style="color: #993300;">著者</span>｜author</h3>
<p><strong>横溝環（よこみぞ・たまき）</strong><br />
青山学院大学（国際コミュニケーション博士）<br />
専門はコミュニケーション，異文化間教育，日本語教育<br />
現在，東洋英和女学院大学，フェリス女学院大学，他，非常勤講師<br />
論文に「中国人学生と日本人学生の『お礼および謝罪』に関する比較の一事例研究」（『青山国際コミュニケーション研究』第4号），「フェイスワークを集団内の相互作用から捉える―日本語学習者に対するPAC分析から見えてきたもの」（『異文化コミュニケーション研究』第19号），「フェイスワークと成員間の相互作用との関わり―日本語学習クラスにおける事例を通して」（『異文化コミュニケーション』No.10）などがある。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>増殖するシャーマン―モンゴル・ブリヤートのシャーマニズムとエスニシティ</title>
		<link>http://shumpu.com/archives/5969</link>
		<comments>http://shumpu.com/archives/5969#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 30 Dec 2011 02:25:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sps</dc:creator>
				<category><![CDATA[社会・歴史・地理]]></category>

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		<description><![CDATA[島村一平／2011年12月 7875円（税込）／A5判上製580頁 装丁：矢萩多聞 人口の1％に達するほどの猛烈な勢いで、モンゴル・ブリヤート人の間でシャーマンが増え続けているのはなぜか。フィールド調査を重ねる中で明かさ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<ul>
<li>島村一平／2011年12月</li>
<li>7875円（税込）／A5判上製580頁</li>
<li>装丁：矢萩多聞</li>
</ul>
<p>人口の1％に達するほどの猛烈な勢いで、モンゴル・ブリヤート人の間でシャーマンが増え続けているのはなぜか。フィールド調査を重ねる中で明かされる、民族の悲劇の歴史とエスニシティ。写真頁多数！<br />
（ISBN 9784861102998）</p>
<h3><span style="color: #800000;">目次</span>｜indexs</h3>
<p><strong></strong>序章　増殖するシャーマン<br />
1章　ポスト社会主義期における宗教とエスニシティ<br />
2章　ルーツ信仰としてのシャーマニズム<br />
3章　シャーマン誕生とルーツ探求運動<br />
4章　創り出されるルーツ<br />
5章　「女性」として想像されるルーツ―粛清の記憶と「ホイモルの女房」信仰<br />
6章　国境を超えるシャーマニズム<br />
終章　解き放たれる「想像の共同体」、紡ぎだされるネットワーク</p>
<h3><span style="color: #800000;">著者</span>｜author</h3>
<p><strong>島村一平（しまむら・いっぺい）</strong><br />
1969年生まれ。テレビ番組制作会社勤務を経てモンゴルへ留学。モンゴル国立大学大学院社会学研究科民族学専攻修士課程修了。総合研究大学院大学文化科学研究科地域文化学専攻博士後期課程修了。現在、滋賀県立大学専任講師。専攻は、文化人類学・モンゴル研究。博士（文学）</p>
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		</item>
		<item>
		<title>ラフカディオ・ハーンとジェイムズ・トムソン―『四季』をめぐって</title>
		<link>http://shumpu.com/archives/5959</link>
		<comments>http://shumpu.com/archives/5959#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 29 Dec 2011 05:31:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sps</dc:creator>
				<category><![CDATA[小説・批評]]></category>

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		<description><![CDATA[先川暢郎／2011年12月 3500円（税込）／四六判上製286頁 装丁：長田年伸 ハーンによるトムソンの『四季』に対する評価を考察しつつ，イギリス近代自然詩の源流としてのトムソンの再評価を促がし，両者に共通するケルト性 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<ul>
<li>先川暢郎／2011年12月</li>
<li>3500円（税込）／四六判上製286頁</li>
<li>装丁：長田年伸</li>
</ul>
<p>ハーンによるトムソンの『四季』に対する評価を考察しつつ，イギリス近代自然詩の源流としてのトムソンの再評価を促がし，両者に共通するケルト性をあきらかにする。<br />
（ISBN 9784861102851）</p>
<h3><span style="color: #993300;">目次</span>｜indexs</h3>
<p><strong>序　ハーンのトムソン『四季』評価</strong><br />
<strong>第1章　『四季』―「冬」と「春」を中心に</strong><br />
1．自然の脅威<br />
（1）トムソンの「冬」の死と霊性と生命<br />
ⅰ）生と死の弁証法<br />
ⅱ）「冬」の活力とキリスト教的霊性<br />
ⅲ）神の戒めと愛と恵み<br />
（2）ハーンの海の生命と死と霊性<br />
ⅰ）ハーンと海<br />
ⅱ）海―命と死の権化<br />
ⅲ）海の音楽<br />
2．トムソンの「春」の愛と生命<br />
ⅰ）春の鳥<br />
ⅱ）ハーンと鳥の歌<br />
ⅲ）ハーンと民衆の歌<br />
ⅳ）春の甦り<br />
<strong>第2章　『四季』―「夏」と「秋」を中心に</strong><br />
1．ハーンの熱帯志向<br />
2．ハーンと虫<br />
3．虫と命の連鎖<br />
4．宇宙と存在の環<br />
5．トムソンと科学<br />
<strong>第3章　『四季』―愛、メランコリー、自然観を中心に</strong><br />
1．「秋」のラヴィーニア物語<br />
2．トムソンと動物愛<br />
3．トムソンと愛国心<br />
4．トムソンとハーンのメランコリー<br />
5．自然観における科学と宗教<br />
<strong>第4章　ケルトと日本をつなぐ怪異</strong><br />
1．ハーンにおける怪異<br />
2．トムソンにおける怪異<br />
○後記<br />
○注<br />
○付録（『四季』、『無為城』および「四季賛歌」からの引用原文）<br />
○主な参考文献（本文中に引用した資料を除く）</p>
<h3><span style="color: #993300;">著者</span>｜author</h3>
<p><strong>先川暢郎（さきかわ・のぶお）</strong><br />
1944年生まれ<br />
慶應義塾大学文学部卒業<br />
現在、拓殖大学政経学部教授、日本カレドニア学会会員<br />
主著訳書<br />
『ラフカディオ・ハーン入門』（ブイツーソリューション、共著）<br />
『スコットランドの歴史と文化』（明石書店、分担執筆）<br />
『アイルランドの神話と民話』（彩流社、共訳）</p>
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		</item>
		<item>
		<title>「俗語」から「国家語」へ―スペイン黄金世紀の言語思想史</title>
		<link>http://shumpu.com/archives/5948</link>
		<comments>http://shumpu.com/archives/5948#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 26 Dec 2011 10:30:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sps</dc:creator>
				<category><![CDATA[言語・心理]]></category>

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		<description><![CDATA[岡本信照／2011年12月 3500円（税込）／四六判上製296頁 装丁：矢萩多聞 ネブリハ『カスティーリャ語文法』（1492）以降の議論を整理しつつ，俗語としてのカスティーリャ語が，ラテン語の後退とともにいかにしてスペ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<ul>
<li>岡本信照／2011年12月</li>
<li>3500円（税込）／四六判上製296頁</li>
<li>装丁：矢萩多聞</li>
</ul>
<p>ネブリハ『カスティーリャ語文法』（1492）以降の議論を整理しつつ，俗語としてのカスティーリャ語が，ラテン語の後退とともにいかにしてスペイン語という国家語に変貌したのかを明らかにする。<br />
（ISBN 9784861102912）</p>
<h3><span style="color: #800000;">目次</span>｜indexs</h3>
<p><strong>第Ⅰ部　文法論</strong><br />
第1章　スペイン・ルネサンスの文法観<br />
第2章　黄金世紀における俗語文法出現の意義<br />
第3章　生成文法の先駆者サンチェス・デ・ラス・ブロサス<br />
第4章　コレアス（1627）の文法論<br />
第5章　ビリャール文法（1651）に見られる規範性<br />
<strong>第Ⅱ部　正書法</strong><br />
第6章　16世紀初期のスペインにおける正書法論と音声学―ネブリハ（1517）とベネガス（1531）を中心として<br />
第7章　黄金世紀のスペイン語正書法論―語源主義と音素主義の論争をめぐって<br />
<strong>第Ⅲ部　言語史・辞書編纂</strong><br />
第8章　スペインにおける言語史研究の始まり<br />
第9章　黄金世紀の辞書編纂学―コバルビアス（1611）を中心として<br />
第10章　創出された地域変種―黄金世紀の演劇作品に見られるサヤゴ方言についての一考察<br />
附録　アカデミア文法以前（1481-1771）に出されたスペイン語関係の文法・辞書・正書法・言語論一覧<br />
参考文献</p>
<h3><span style="color: #800000;">著者</span>｜author</h3>
<p><strong>岡本信照（おかもと・しんしょう）</strong><br />
京都外国語大学大学院修了<br />
現在、京都外国語大学准教授<br />
専攻、スペイン語学、スペイン語史、言語思想史<br />
主な著書・訳書：<br />
『スペイン語のしくみ』（白水社）<br />
『スペイン学を学ぶ人のために』（共著、世界思想社）<br />
『スペイン語学小辞典』（共著、同学社）<br />
『ラテンアメリカのスペイン語―言語・社会・歴史―』（ジョン・リプスキ著、共訳、南雲堂フェニックス）</p>
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		</item>
		<item>
		<title>鼎談　『乱歩彷徨』刊行に寄せて</title>
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		<pubDate>Mon, 19 Dec 2011 04:58:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sps</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[紀田順一郎 戸川安宣（株式会社東京創元社相談役） 平井憲太郎（江戸川乱歩の御令孫、株式会社エリエイ元代表取締役） 2011年10月18日　於：横浜市教育会館 （『週刊読書人』2011年11月18日発売号に掲載） 同時代の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>紀田順一郎</strong><br />
<strong> 戸川安宣（株式会社東京創元社相談役）</strong><br />
<strong> 平井憲太郎（江戸川乱歩の御令孫、株式会社エリエイ元代表取締役）</strong><br />
2011年10月18日　於：横浜市教育会館<br />
（『週刊読書人』2011年11月18日発売号に掲載）</p>
<h3>同時代の読者として</h3>
<p><strong>紀田</strong> 2009年に神奈川近代文学館が主催した「大乱歩展」で講演をさせていただきましたが、その準備のために文学館の方々に話を伺ってみたことがあります。「江戸川乱歩を読んでいました」という方が数人おられた。「どういうものをお読みになりましたか」と訊くと、「少年ものは全部読みました」という。少年もので読むのをやめてしまった人が多かった。<br />
私の世代では乱歩を読むなら、無論大人向けの作品を含め、評論や研究も全部読んだ。当時の流行だった言葉でいうと「教養」に近いものでしたが、今はそうじゃないんですね。世代が新しくなるほど乱歩の全体像が捉えられなくなっています。<br />
私は『怪人二十面相』を同時代に読んだ世代なので、ずっと考えてきたものを今の人にも伝えたいという気持ちがありました。乱歩は大作家だから全体像がつかみにくい。各世代それぞれの乱歩像があるのは構わないけれど、肝心の同時代の読者はほとんど発言していない。そういった思いがあって、今回<a href="http://shumpu.com/archives/5779" target="_blank">この本</a>を書いたんです。</p>
<p><a href="http://shumpu.com/wp-content/uploads/2011/12/RH-teidan-image-Kida.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-5927" title="RH-teidan-image-Kida" src="http://shumpu.com/wp-content/uploads/2011/12/RH-teidan-image-Kida-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" /></a><br />
〈紀田順一郎氏〉</p>
<h3>初めての乱歩</h3>
<p><strong>紀田</strong> 平井さんも少年探偵団ものから入られたのでしょうか、それともご自宅に全部そろっているわけだから（笑）、いきなり大人向けのものから読まれたのでしょうか。</p>
<p><strong>平井</strong> 本だけは売るほど家にありましたが（笑）、乱歩以外のジュヴィナイルから入った記憶があります。エラリー・クイーンとかユーゴーの『噫無情』とかの子ども向けに書き直したものが大量にありました。ちょっと背伸びして土蔵にあった翻訳ミステリも読みました。旧仮名・旧漢字でしたがルビが振ってあったものは何とか読めたんです。コナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』なんてすごく面白かったですね。でも当時は祖父のものを全部読み通した記憶はないんです。身近にありすぎたからでしょうし、まだ連載していたころですからね。<br />
<strong><br />
紀田</strong> 連載というのは『青銅の魔人』のころですか。<br />
<strong><br />
平井</strong> 僕は生まれが昭和25年ですから、記憶しているのはもっと後のものです。ただ、いつも書斎には出版社から来たゲラ刷りがぶら下がっていたのは憶えています。前号のゲラを見ながら次の号に載せるものを書いていました。<br />
<strong><br />
紀田</strong> 戸川さんは、連載が終わりかけのころですか。<br />
<strong><br />
戸川</strong> 僕は平井さんの3つ歳上で戦後すぐの生まれですけれど、最初に乱歩に触れたのはニッポン放送の『少年探偵団』のラジオドラマです。第1話から最後まで全部聞きました。小学校低学年のころでしたね。最初はそれに元の本があるということは知りませんでしたが、あるときに新聞で光文社が出していた『少年探偵団』シリーズの広告を見つけたんです。それで親にせがんで、1巻から毎週のように買ってもらって読んで、すぐ追いついて、あとは新作を心待ちにしていました。<br />
<strong><br />
紀田</strong> 私の世代はせいぜい3作です。『怪人二十面相』、『少年探偵団』、『妖怪博士』ですね。<br />
ここにある『少年倶楽部』は昭和11年の6月号です。とにかく二十面相のページを開けるのが怖くてしょうがなかった。「しまった」と手で覆い隠したりしたもんです（笑）。<strong></strong></p>
<p><a href="http://shumpu.com/wp-content/uploads/2011/12/RH-teidan-image-a3.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-5913" title="RH-teidan-image-a" src="http://shumpu.com/wp-content/uploads/2011/12/RH-teidan-image-a3-300x240.jpg" alt="" width="300" height="240" /></a><br />
〈『怪人二十面相』（講談社『少年倶楽部』昭和11年6月号）〉</p>
<p><strong>戸川</strong> こういうのがサッと出てくるところが、さすが紀田さんですね。<br />
<strong><br />
紀田</strong> 怖さを強調しているんですよ。題字まで震わせた書体でね（笑）。<br />
この挿絵は美術館を所有している日下部老人という金持ちですが、この人自体が幽霊の顔みたいなのは、編集部が画家の小林秀恒に依頼したからでしょうね。さらに二十面相は顔がないから何かシンボル的なイメージを、ということで、これも画家に頼んでシルクハットのルパン的なものにしたんでしょう。原作にはこういう描写はない。</p>
<p><a href="http://shumpu.com/wp-content/uploads/2011/12/RH-teidan-image-b.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-5915" title="RH-teidan-image-b" src="http://shumpu.com/wp-content/uploads/2011/12/RH-teidan-image-b-300x244.jpg" alt="" width="300" height="244" /></a><br />
〈『怪人二十面相』（講談社『少年倶楽部』昭和11年6月号）〉</p>
<p>こうやって子細に見なおしていくと、当時感じていたことがいろいろと蘇ってきて、そこから話を展開して<a href="http://shumpu.com/archives/5779" target="_blank">今回の本</a>にまとめたというところもあります。</p>
<h3>なぜ読み継がれるのか</h3>
<p><strong>紀田</strong> 1960年代くらいから松本清張が登場して、その後の推理小説のシーンが変わります。あの時期には乱歩について語り合う機会が減ったなという感じがしました。<br />
<strong><br />
平井</strong> 子ども向けは別にして、大人向けは売れていない時期ですね。だから晩年は全集があまり出ていない。亡くなってからは出ましたけれど。<br />
<strong><br />
紀田</strong> そうですね。でもあの時期を超えて乱歩は生き返ったわけです。この点も今回の本で書きましたが、探偵作家としてよりも幻想作家として生き返った。乱歩が怪奇幻想系列の作品も書いていたのは、今になってみると正解だったと思います。「なぜ読み継がれるのか」という問いに対する答えの一部がそこにある。初期の『二銭銅貨』や『心理試験』のような純粋な探偵小説だけでは数が少ないから、ここまで後世の人の関心を惹かなかったのではないか。<br />
ところで平井さんは戦後、乱歩をお読みになって、この登場人物は新しいとか、感銘を受けられたのはありましたか。<br />
<strong><br />
平井</strong> そういう読み方は基本的にあまりしていないですね。初期の作品も小学校高学年からぼちぼち読み始めてはいましたが、鑑賞というよりも乱読という感じでした。今になって見てみれば、時代に捉われない書き方をしているなという感じはします。背景描写なんかは当時の社会が反映されてはいるけれども、現代に簡単に置きかえられるものが多い。微妙にディテールを省いていて、その辺はうまいですね。<br />
<strong><br />
紀田</strong> 物価だけ現代に直せば通用してしまうところがある。社会的背景も人物の心理もね。読み継がれる作家というのはみんなそうです。書くさいに現代性や社会性にこだわりすぎると、時代が一変した後にリアリティーが失われてしまう。そういう点から見ると乱歩はこれからも読み継がれる作家じゃないかな。<br />
<strong><br />
戸川</strong> 僕は<a href="http://shumpu.com/archives/5779" target="_blank">今回のご本</a>の副題「なぜ読み継がれるのか」はすごく大事なテーマだと思います。よく新保博久さんなんかと「なぜ乱歩だけがこんなに愛されているのか」と話したりするんです。本格探偵小説というと、横溝正史が長編の数からも乱歩をはるかに凌駕する業績を残しているのに、なぜか人気は乱歩が独占している。展覧会というと、さきほどお話に出た「大乱歩展」があり、東京古書会館の「和本展」で「江戸川乱歩と東京古書会」という非常にマニアックなテーマの展示があり（2011年10月）、現在、芦屋の谷崎潤一郎記念館では「谷崎・乱歩・横溝」展が開かれています。この2年ほどで大小合わせてこれだけやっているし、しかも取り上げる切り口が多彩ですよね。<br />
だから、なぜこれほどまでに読み継がれてきているのかを解明しなければいけない。この数10年でいえば、例えば「少年愛」とか「レンズ嗜好」とかのキーワードで乱歩を切り取っていくやり方がありますが、紀田さんはそれを批判されていますね。そういうやり方ではなく、もっと大局的に、社会史的な視点の中できちんと検証しなくちゃいけないんじゃないか。そういう意味で<a href="http://shumpu.com/archives/5779" target="_blank">今回のご本</a>は出るべくして出た画期的なものだと思います。特に『探偵小説四十年』などの自伝的作品や、『幻影城』をはじめとする評論研究分野での業績にまったく新しい光を当てている。乱歩が現在も読み継がれているのは、そういう戦後の業績に依るところが大きい、という、これまで誰も着目しなかった視点が、実に新鮮で、衝撃的です。<br />
僕も『少年探偵団読本――乱歩と小林少年と怪人二十面相』（情報センター出版局、1994年）という本をまとめたことがあったので、個人的なことでいえば<a href="http://shumpu.com/archives/5779" target="_blank">今回の本</a>を読ませていただいて大いに反省したことがあります。<br />
乱歩が少年ものに手を染めたのが戦争に突入しようとしていた時代、二・二六事件の直後だったことは僕ももちろん知っていて、そのことに触れているけれども、それを実際には体験していないので、当時の世相というものがどういうもので、そこからこういう作品が生まれたという認識が非常に足りなかった。<a href="http://shumpu.com/archives/5779" target="_blank">今回のご本</a>ではそのあたりが見事に捉えられていて、僕としては瞠目させられました。<br />
また、テキストクリティークを紀田さんはしっかりおやりになっている。単行本だけではなく元の雑誌と照らし合わせ、雑誌ではこういう文章だったけれども、単行本ではこういうふうに直している――と指摘されていて、勉強になりました。『怪人二十面相』にも一度休載があったことを僕は今回初めて知りました。</p>
<p><a href="http://shumpu.com/wp-content/uploads/2011/12/RH-teidan-image-Togawa.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-5926" title="RH-teidan-image-Togawa" src="http://shumpu.com/wp-content/uploads/2011/12/RH-teidan-image-Togawa-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" /></a><br />
〈戸川安宣氏〉</p>
<h3>今の子どもはどう読んでいるか</h3>
<p><strong>戸川</strong> 少年探偵団もののかつての読者からすれば気になるのが、最近の読者がどう読んでいるのかということです。少年探偵団ものにはよく、世田谷のお屋敷町が出てくるんですけれども、さびしいところにポツンとりっぱな家が建っているという、今の世田谷とはかなり違うイメージなんですね。その辺、今の子どもはどう思うんでしょうね。<br />
<strong><br />
紀田</strong> そうですか。戦前とは全く雰囲気がちがうでしょうね。<br />
<strong><br />
戸川</strong> 僕は光文社版で読んでいたんですけれども、伊勢田邦彦さんや梁川剛一さんの、どちらかというと怖い感じの挿絵が使われていました。それがポプラ社版では若干新しく、昭和30年代の雰囲気の絵になりました。その後ポプラ社は平成11年に藤田新策さんを起用して装丁を一新し、再び少年探偵団シリーズを出したんですけれども、最近出たポプラ文庫では元の昭和30年代の装丁に戻しているんです。その方が今の子どもに受けるという判断なのか、それとも、その当時子どもだった人に「懐かしの昭和」という感じで手に取ってもらえるのでは、という判断なのか、どちらなんでしょう。<br />
<strong><br />
平井</strong> ポプラ文庫のねらいは完全に後者ですね。今の子どもがどう読んでいるかという話ですが、やはりストーリーを楽しんでいる子は多いと思います。自分が子どものときもそうでしたけれど、難しいことなんか考えず、ハラハラ、ドキドキ、ワクワクして読むのが基本でしょう。<br />
小学校の図書館の先生に聞くと、取り合いになることがあるそうです。そうなると賢い子は本棚の本の裏側に隠しちゃう（笑）。貸出冊数に制限があるから、本を返した後に隠していた別の本をこっそり出してまた借りるという知恵のある子が結構いるという話を聞きました。<strong></strong></p>
<p><a href="http://shumpu.com/wp-content/uploads/2011/12/RH-teidan-image-Hirai.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-5928" title="RH-teidan-image-Hirai" src="http://shumpu.com/wp-content/uploads/2011/12/RH-teidan-image-Hirai-200x300.jpg" alt="" width="200" height="300" /></a><br />
〈平井憲太郎氏〉</p>
<p><strong>戸川</strong> 僕が少年探偵団ものを読んでいた頃は『ウルトラマン』とかの怪獣ブームの前です。戦後の二十面相は、何か盗むだけではつまらないのでいろいろな格好をするようになった。宇宙怪人になったり、透明人間になったり、海底の魔術師になったり。ある意味、バルタン星人などと大して違わない。だから怪獣ものの役割を二十面相が果たしていたんじゃないか。<br />
<strong><br />
紀田</strong> 私の世代の受け止め方は全く違って、二十面相シリーズは唯一無二のものでした。子どものときの特異な体験は、大人になってからのそれと簡単には比べられないけれど、少年探偵団ものを読んだことで読書の楽しみを知ったということは言えます。一方で、探偵小説なんてけしからんという風潮もありました。集団疎開で本は3冊しか持って行けない。その中に乱歩を入れようとしたら「とんでもない」と言って教師の目が三角になりました。そういう時代でした。</p>
<h3>少年ものの完成度</h3>
<p><strong>紀田</strong> 大人向けの作品で使ったネタを少年ものに回すこともよくやっていますね。他の作家もやっていますが。</p>
<p><strong>戸川</strong> 使い回しでもアレンジがうまい。『天空の魔人』という短編があって、これはホワイトチャーチというイギリスの作家が書いた『ギルバート・マレル卿の絵』という短編が元ネタです。貨物列車の走行中に有名な絵画を載せた一両だけが抜き取られるという話ですが、乱歩の場合、天空から大きい手が下りてきて車輌を掴み上げたんじゃないか、という話にする。だから線路の脇の土に、あたかも天空から大きい手が下りてきて掠ったような跡がついていたりする。これはホワイトチャーチの原作にはない要素です。<br />
<strong><br />
紀田</strong> クロフツやクイーンもジュヴィナイルを書く場合に過去の作品をうまく使い回していますね。乱歩はそれが実に手慣れている。作品としての完成度で見ても特に初期の3作『怪人二十面相』、『少年探偵団』、『妖怪博士』はほとんど隙がない。すごいと思いますね。大人向けの作品と同じくらい質が高い。<br />
<strong><br />
戸川</strong> 『大金塊』や、戦後も『青銅の魔人』とかもいいですよ。<br />
<strong><br />
紀田</strong> 子どもの琴線に触れるものが必ずありますね。<br />
<strong><br />
戸川</strong> そういう意味でいうと、読んでいた当時不満だったのは『サーカスの怪人』です。二十面相の正体が遠藤平吉というサーカスの団員だったという……<br />
<strong><br />
平井</strong> つまんないオチ。<br />
<strong><br />
戸川</strong> ええ。すごくがっかりしましたね。やっぱり二十面相はどこのだれだか分からない謎の人物のままでないといけないんですよ。それがサーカスの団員で、他の団員と団長の地位をめぐる競争で敗れたなんて恨みの話になってしまう。<br />
<strong><br />
紀田</strong> それは同時代に読んだんですか。<br />
<strong><br />
戸川</strong> ええ、同時代に読みました。<br />
<strong><br />
紀田</strong> じゃあ、いよいよがっかりでしたね（笑）。</p>
<h3>乱歩の生き方</h3>
<p style="text-align: left;"><strong>平井</strong> 祖父は「商売上手」というイメージもあります。「どこどこから、どれが何部再版された」という詳細なリストがあるんですよ。今でいうマーケティングを綿密にやっていた。ですから、少年ものを勧められて書いてみる気になったのは、商売っ気が刺激された部分も随分あったんじゃないかな。少年ものならネタの使い回しもできますから。<br />
<strong><br />
戸川</strong> すごい実務家ですよね。小栗虫太郎の遺族の方にお会いしたことがありましたが、乱歩からの手紙をたくさんお持ちでした。「原稿料はいくら」といった実務的な手紙でした。『宝石』が傾いてきて乱歩が編集だけでなく経営も引き継いだ時、印税支払いとかの細かい計算をすべて自分でやって、綿密にノートにつけている。あの実務感覚は大変なものです。<br />
<strong><br />
紀田</strong> 几帳面で慎重な人だったからということもあるけれど、ひとつひとつ着実に人生に布石を打っていますね。それを跡づけることも、今回の本のねらいでした。<br />
自分の本当に書きたいものには、基準――<a href="http://shumpu.com/archives/5779" target="_blank">今回の本</a>では「コード」という言葉を使っていますが――があって、それに固執しながら他のものにも取り組んでいる。それは辛い面もあったろうけれども、そういう生き方はこれからの時代にも必要だと思います。今は専門家の時代でしょう。何か想定外のことが起こると専門家は通用しなくなってしまう。だから乱歩のように自分の本当にやりたいことを1つ大切に持っていて、一方でもう1つ別の行動原理を持つという生き方はすごく意味を持ってくる。<br />
作家として芸術的に行き詰まったときに、戦争という時代の状況もあったんでしょうが、もともと備えていた実務的な性格がうまく表に出ていますね。そういう目で見直すと、乱歩の生き方というのは現代の私たちにもかなり参考になります。引き出しをもう一つ持っている。少年ものもそうです。だれでも書けるものじゃない。<br />
<strong><br />
平井</strong> 「やるんだったら、こういうものを」というイメージは依頼される前からあったんでしょう。そうでなければ頼まれて1年ぐらいでスッと書けるものではない。<br />
<strong><br />
紀田</strong> 森下雨村とか他の作家も少年ものは書いていますが、乱歩と比べると……<br />
<strong><br />
平井</strong> やっぱり無理して書いている感じが出ちゃうんですよね。言葉遣いだけが妙に優しい（笑）。<br />
<strong><br />
紀田</strong> 当時はみんな「です」「ます」調を使っていましたね。でも乱歩の場合はそれがすごく効果的です。<br />
<strong><br />
戸川</strong> 「その頃、東京中の町といふ町、家といふ家では、二人以上の人が顔を合はせさへすれば、まるでお天氣の挨拶でもするやうに、怪人「二十面相」の噂をしてゐました」――この第1行目から、もう乱歩の虜になっていたんですからね。<br />
<strong><br />
紀田</strong> 「です」「ます」がかえって不気味だったり。そういう意味でも乱歩はやっぱり天才作家ですね。<br />
（おわり）<strong></strong></p>
<p style="text-align: left;"><a href="http://shumpu.com/wp-content/uploads/2011/12/RH-teidan-image-3men.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-5920" title="RH-teidan-image-3men" src="http://shumpu.com/wp-content/uploads/2011/12/RH-teidan-image-3men-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" /></a></p>
<p style="text-align: left;"><strong>写真撮影：大森裕之</strong></p>
<p style="text-align: right;">※この鼎談は『週刊読書人』編集部の許可を得て掲載しています。<strong><br />
</strong></p>
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		</item>
		<item>
		<title>横浜の時を旅する―ホテルニューグランドの魔法</title>
		<link>http://shumpu.com/archives/5875</link>
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		<pubDate>Fri, 09 Dec 2011 10:14:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sps</dc:creator>
				<category><![CDATA[紀行・エッセイ]]></category>

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		<description><![CDATA[山崎洋子／2011年12月 1680円（税込）／四六判上製280頁 装丁：矢萩多聞 関東大震災からの復興を期して建てられ、マッカーサー、チャップリン、裕次郎、大作家たちが泊まった一流ホテル。ここには、横浜と近代日本の歴史 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<ul>
<li>山崎洋子／2011年12月</li>
<li>1680円（税込）／四六判上製280頁</li>
<li>装丁：矢萩多聞</li>
</ul>
<p>関東大震災からの復興を期して建てられ、マッカーサー、チャップリン、裕次郎、大作家たちが泊まった一流ホテル。ここには、横浜と近代日本の歴史を知るヒントがたくさん隠されている。この街を愛するミステリー作家が、その魅力と楽しみ方を余すところなく教えます。優雅でちょっと知的な横浜ぶらり旅へのいざない！<br />
（ISBN 9784861102967）</p>
<h3><span style="color: #800000;">立ち読み</span>｜Look inside!</h3>
<p><a href="http://www.shumpu.com/upfile/yokohamanosamplewotabisuru.pdf" target="_blank"><strong>こちら</strong></a>からどうぞ！</p>
<h3><span style="color: #993300;">目次</span>｜indexs</h3>
<p>プロローグ　時の扉を開けて<br />
開港横濱の大パノラマ<br />
日本の職人技・横浜家具<br />
関東大震災復興のシンボル<br />
横浜の洋食店に根付くサリー・ワイルの心<br />
ミスター・シェイクハンドが迎えたマッカーサー<br />
明治の世界一周旅行―野村みち<br />
犬を連れたロシア婦人<br />
大仏次郎の部屋と二人の「おはな」<br />
日本の命運を賭けたニューグランドの一夜<br />
不思議な形―横浜中華街<br />
文豪たちを魅了した元町<br />
ホテル・レストランの楽しみ方―宇佐神茂ホテルニューグランド総料理長に聞く<br />
中庭の美味―イル・ジャルディーノ<br />
ベテラン・バーテンダーは水先案内人<br />
日本は絹の国だった<br />
アフタヌーンティーと横浜のお茶場<br />
氷川丸の数奇な年月<br />
インド水塔が山下公園にあるわけ<br />
やっぱりジャズでしょ、横浜は<br />
秘密のハッピー・スポット<br />
ホテル・スタッフの打明け話<br />
あとがき</p>
<h3><span style="color: #993300;">著者</span>｜author</h3>
<p><strong>山崎洋子（やまざき・ようこ）</strong><br />
1986年、第32回江戸川乱歩賞を「花園の迷宮」で受賞。小説家としてデビュー。横浜を舞台にした著作が多い。 舞台の脚本･演出も手掛ける。2010年、地域放送文化賞（ＮＨＫ主催）受賞。近著に、『横濱　唐人お吉異聞』（講談社2011）。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>みらいのゆくすえ</title>
		<link>http://shumpu.com/archives/5862</link>
		<comments>http://shumpu.com/archives/5862#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 07 Dec 2011 04:38:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sps</dc:creator>
				<category><![CDATA[紀行・エッセイ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://shumpu.com/?p=5862</guid>
		<description><![CDATA[しりあがり寿／2011年12月 1680円（税込）／四六判並製・240頁 装丁：矢萩多聞 みらいはみえない、だから怖い。だから楽しい。 赤青鉛筆のイラストと文章で、日本と世界のこれからをゆる～く予想。 ウェブ連載に、震災 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<ul>
<li>しりあがり寿／2011年12月</li>
<li>1680円（税込）／四六判並製・240頁</li>
<li>装丁：矢萩多聞</li>
</ul>
<p><strong> </strong>みらいはみえない、だから怖い。だから楽しい。<br />
赤青鉛筆のイラストと文章で、日本と世界のこれからをゆる～く予想。<br />
ウェブ連載に、震災後の書き下ろしを加えてまとめる。<br />
『あの日からのマンガ』で話題沸騰のしりあがり寿が放つ待望のイラスト＋エッセイ集。<br />
（ISBN 9784861102943）</p>
<h3><span style="color: #800000;">立ち読み</span>｜Look inside!</h3>
<p><a title="『みらいのゆくすえ』立ち読み" href="http://www.shumpu.com/upfile/mirainosample.pdf" target="_blank"><strong>こちら</strong></a>からどうぞ！<br />
※本文の刷り色は、実際の書籍と異なります。ご了承ください。</p>
<h3><span style="color: #800000;">目次から</span>｜indexs</h3>
<p><strong> </strong>宇宙へのエレベーター<br />
離婚遺伝子<br />
嫌味なステッカー<br />
お猿さんの権利<br />
すごいぞ、脳みそ！<br />
凶器はハリネズミ<br />
女性の顔の魅力度を測るソフト<br />
画期的モノ探し機！<br />
コスプレ学校<br />
恐怖のフェロモン<br />
ゆとり教育<br />
論理的商品<br />
キャラクター出廷か？<br />
反抗的な音楽は？<br />
軍事政権は下着が苦手<br />
全85篇</p>
<h3><span style="color: #800000;">著者</span>｜author</h3>
<p><strong>しりあがり寿（しりあがり・ことぶき）</strong><br />
1958年静岡市生まれ。1981年多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業後キリンビール株式会社に入社し、パッケージデザイン、広告宣伝等を担当。1985年単行本『エレキな春』で漫画家としてデビュー。近著に『あの日からのマンガ』（エンターブレイン）、『ブリキの方舟』（秋山祐徳太子との共著、フィルムアート社）など。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>風景は光に揺れて</title>
		<link>http://shumpu.com/archives/5848</link>
		<comments>http://shumpu.com/archives/5848#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 25 Nov 2011 02:54:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sps</dc:creator>
				<category><![CDATA[詩歌・俳句]]></category>

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		<description><![CDATA[土屋千鶴／2011年11月 1500円（税込）／四六判・並製・176頁 装丁：長田年伸 時を超えた風景の軌跡を大胆かつ繊細に紡ぐ。 土屋作品では、人間と風景とは正面から互角に対峙している。風景が人間と同じような、生き物の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<ul>
<li>土屋千鶴／2011年11月</li>
<li>1500円（税込）／四六判・並製・176頁</li>
<li>装丁：長田年伸</li>
</ul>
<p>時を超えた風景の軌跡を大胆かつ繊細に紡ぐ。<br />
土屋作品では、人間と風景とは正面から互角に対峙している。風景が人間と同じような、生き物の一つとして対象化されているといってもいい。［解説（岡部史）より］<br />
（ISBN 9784861102936）</p>
<h3><span style="color: #800000;">目次より</span>│indexs</h3>
<p><strong>Ⅰ</strong><br />
物語の始まり<br />
風景<br />
道行<br />
<strong>Ⅱ</strong><br />
曲線<br />
丘の家族<br />
蜜柑の香<br />
<strong>Ⅲ</strong><br />
学校坂<br />
父母<br />
明滅<br />
<strong>解説</strong>（岡部史）<br />
あとがき</p>
<h3><span style="color: #800000;">著者</span>│author</h3>
<p><strong>土屋千鶴（つちや・ちづる） </strong><br />
1953年11月14日、三重県生まれ。<br />
1972年、京都女子大学文学部国文学科入学。<br />
在学中、「京女大短歌会」に入会し作歌を始める。<br />
1979年、「塔」短歌会入会。<br />
現在、横浜高等教育専門学校講師「国語学」担当。</p>
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